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東京高等裁判所 昭和27年(う)1201号 判決 1952年10月16日

控訴人 被告人 今井清子

弁護人 渡辺一男 江口保夫

検察官 曾我部正実関与

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は弁護人江口保夫及び同渡辺一男作成名義の各控訴趣意書記載のとおりである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。

弁護人渡辺一男の控訴趣意第三点の(二)について。

原判決においては被告人が(一)虚無人石田勇振出名義の約束手形二通を交付するという欺罔手段により原判示第二期の取引分の未払代金約百二十一万五千二百円全額の支払猶予を得、(二)虚無人篠田儀市振出名義の約束手形一通を交付するという欺罔手段により原判示第一期の取引の未払代金の内金六十三万円の支払猶予を得た旨の事実認定を行い、これを二個の詐欺罪と判断していること、原判決書の記載に徴し明らかであるが、原判決挙示の証拠によつては、右各手形により支払猶予を得た債務の額を右(一)及び(二)のとおり区別して認定するに十分であるとはとうてい解せられない。即ち原判決には理由にくいちがいがあるといわねばならないから、この点において原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

なお、職権をもつて調査するのに、本件起訴状に掲げられた公訴事実によれば、前記(一)(二)の各手形による二回に亘る欺罔手段をもつて支払猶予を得た債務については、合計約二百五十六万円のサッカリン代金残債務であるというように一括して記載されており、その他右各欺罔手段を講じた日時場所等についても各個具体的には示されていないことに照らし考えると原審検察官は本件を包括一罪であると判断し起訴状に一個の訴因として掲げたものであるか或は併合罪であると判断し起訴状に二個の訴因として掲げたものであるか必ずしも明瞭でない。かかる場合若し原審裁判所において審理の結果本件公訴事実を原判決のように二個の詐欺の併合罪であると認定処断しようとするならば、よろしくその前に検察官に対して二個の訴因として一の訴因を他の訴因から区別特定できる程度に起訴状の記載を補正させもつて被告人の訴訟上の防禦に遺憾なからしめる措置をとるべきであつた訳である。然るに記録に徴しても原審においてかかる措置をとつた形跡は認められないから、原審は判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反をおかしたものといわなければならない。即ち原判決はこの点においても破棄を免れない。

よつてその余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第四百条本文に則り原判決を破棄し本件を東京地方裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤嶋利郎 判事 飯田一郎 判事 井波七郎)

弁護人渡辺一男の控訴趣意

三、原判決はその理由にくいちがいがあつて違法である。すなわち、

(二)原判決は被告人が欺罔行為によつてえた財産上不法の利益の内容として(1) 金額四十八万円および五十二万円の各虚無人名義の約束手形に関しては林春善をして第二期の取引分の未払代金額(百二十三万五千二百円位)につき昭和二十五年九月三十日まで支払猶予方を承諾させた事実を(2) 金額六十三万円の虚無人名義の約束手形に関しては林をして第一期の取引分の未払代金の内金六十三万円につき右同様支払猶予方を承諾させた事実を各認定しているが原判決に引用されたいずれの証拠にも、右のように支払猶予をうけた債務の具体的内容、数額などにふれた個所は見当らないからかかる証拠によつて、以上のような具体的な事実を認定した原判決は事実認定に関する法則に違反しているものといえる。

これを要するに原判決には右(一)(二)のいずれかの点からしてもその摘示した犯罪事実と証拠との間にくいちがいがあるのであつて、換言すればその理由にくいちがいがある違法なものといわざるをえない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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